サッカー日本代表の「卑怯」な戦略について思ったこと

2018 FIFAワールドカップの日本対ポーランド戦において日本がとった戦略が卑怯と批判されているらしい。

‪サッカー全然興味なくて1秒も見てないのだけど、本件を通して何をか感じたので素人ながらに考えを表明しておこうと思う。

(サッカーのこと何も分かってないしワールドカップも1秒も見てない素人が事の顛末について人から2〜3分で説明を受けただけなので、なんかズレてたりしてもご愛嬌で)

‪まず第一印象は「批判する人の気持ちが1ミリも理解できない」だった。普通にルールの範囲内でより良い結果を出すために最善を尽くしてるだけやん、と。‬

‪少し考えて、批判してる人はスポーツに対して「公正さ」「潔さ」を求めていそうだと理解した。そしてそれはプロスポーツそのものの存在意義を問うことでもあるなと思った。‬

‪「プロスポーツ 存在意義」をググってみたら、アスリート本人を含む‬たくさんの人たちが思いを巡らせているテーマっぽかった。ひとまずの自分の考えとしては、「スポーツを通して『努力』『前進』『不屈』など前向きなメッセージを発信することで、人々に夢や希望を与え、結果的に社会全体に対して前向きな効果をもたらすこと」って感じで結論した。(そんなに深く考えたわけではない一旦の結論)

これは、批判してる人たちが「公正さ」「潔さ」を求めていそうだという観察にも符合した。「そもそも前向きな姿勢を発信することが本旨であるプロスポーツにおいて、ルールの範囲内とはいえ後ろ向きな戦略をとるとは何事か」ということなんじゃないかなと。

だとしたら、今回の件はひとまずルールの不備であると言える。「ルールの範囲内とはいえ卑怯ともとれる戦略が合理性を持ってしまう」ということは、ルールが、プロスポーツ本来の意義に反する戦略を許容してしまっているということ。

ただ、問題なのはルールそのものであって選手や監督に非はないのかと言われると、それはそれでまた難しい。

選手や監督は与えられたルールの中でより良い結果を出そうと努力しただけ、というのは事実だけど、プロスポーツという産業の本来の意義に反するような内容なら、実はそれは「良い結果」とは言えないのかもしれない。産業である以上、究極的には「観客がお金を出したくなるような結果」が求められているのだと思うけど、今回出した結果は果たして「観客がお金を出したくなるような結果」なのか否か。

議論は尽きない。

6/30 追記: